リレートーク

祖母の正月

カテゴリー: リレートーク

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2004年8月1日
 
 子どもの頃、都会の暮らしのなかにもまだ“ハレ”はしっかりと息づいていた。
 たとえば正月。いまとは違って、正月にはいつもと違う特別な時間が流れていた。だからぼくは正月が大好きだったし、待ち遠しくてしかたがなかった。
 年末になると祖父母の家に親族が集まり、皆で年を越すのだが、これが文字通りのハレだった。なにしろ祖母は子どもを11人も産んだので、一族が揃うとすごい数になる。それが大して広くもない家にごったがえすのだから、それだけでもはやお祭りだった。
 大みそかになると、指揮官の祖母は居間の火鉢のまえにデンと座り、おせちをつくる女たちに次々と指示を出した。すべての仕事が終わるのはいつも真夜中だ。その間、男たちは将棋を指したり酒を飲んだりしながらズルズルと遊んでいる。子どもたちも夜が更けるまで酒の肴をもらったり台所を覗いたりしながら「祭り」の空気を楽しんだ。

 夜が明けると新年会になる。祖父が中央に座り、一同が長いテーブルを挟んで整列する。坐る順番がきちんと決まっていた。この時だけは少しばかりあらたまった感じになるから、子どもたちは少し緊張する。おせちを食べながら、普段は考えたこともない「家系」とか「先祖」とかが頭に浮かんできたものだった。
 この席に叔父のひとりが婚約者を連れてきたことがある。はじめて見るその女の人は、きれいな着物を着て、皆を前に三つ指をついて挨拶をした。小学生だったぼくもちょっとだけドキドキした。このシーンをいまでもときどき思い出す。こうしたいつもと違う緊張感が、正月の空気のなかには確かに漂っていた。
 だが、祖母が他界し祖父が亡くなって、このハレの場は姿を消してしまった。そしていつの間にか、ぼくにとって正月は休日のバリエーションのひとつに過ぎなくなった。

 ぼくたちの暮らしは、こうしてだんだんとハレとケの境界を曖昧にしてきた。いやむしろ、正月のような「制度としてのハレ」がその効力を失ってきたというべきなのかもしれない。
 しかし、だからといって、ぼくたちがハレを求めなくなったわけではない。むしろ逆で、だれも用意してくれなくなった分、ハレに対する欲求をいままで以上に自覚するようになった。だからぼくたちは、自分にとっての非日常をいつも目を皿のようにして探しているし、安全で良質の刺激を手に入れるために日夜情報を集め、事情が許すかぎり出向いていく。
 おそらく人はみな、日々の暮らしにメリハリを与え、それまでのストレスをチャラにする非日常なしには日常に耐えられないのだ。いつの時代にも、人間はハレとケという二つのフェーズをうまく切り替えることで、自らの精神をコントロールしてきたに違いない。
 もちろん、こうした状況をビジネス界が放っておくはずがない。人がもつ非日常への欲求に応えようと、今ではさまざまな“非日常ビジネス”が花盛りだ。
 ディズニーランドを頂点にテーマパークが林立し、日常の風景とは隔絶したハイタッチな商業空間がたくさん出来た。世界のどんな料理だって食べられるし、毎日どこかで海外の一流公演をやっている。オペラやミュージカルがいつでも観られ、外タレのコンサートも日常茶飯事だ。
 これらの施設が提供するのはいずれもある種の非日常体験であり、ぼくたちが時間と金をやりくりして訪れるのは、まぎれもなくハレを手に入れるためである。日常の生活空間から離れた晴れがましい時間は、日々の暮らしにアクセントを与え、刺激をもたらすスパイスになる。終わりのない日常にリズムをつくり、閉塞的な気分をリセットする。だからぼくたちは手軽に非日常を与えてくれる施設に足繁く通い、喜んで金を落とす。

 だが忘れてならないのは、こうしたエンターテイメント施設とぼくが好きだった正月とは意味が違うということだ。同じ非日常の出来事ではあっても、ぼくたちとのかかわり方は両者ではまったく違う。
 祖母の家でのお正月が自らつくりあげるものだったのに対して、非日常ビジネスが提供してくれる体験はあくまで「与えられるもの」だ。施設のなかではぼくたちは観客に過ぎず、決してつくり手の側に回ることはない。
 だが祖母の正月は参加者自身がつくり手だった。自らの肉体のなかに刻まれていく体験だったと言ってもいい。つまり大仰にいえば、昔の祭りと同じ構造をもっていた。
 参加者が皆で示し合わせていつもと違う特別な気分に乗り換え、自らの手でつくり出した非日常の空気のなかでいつもと違うハレを営む。なにより日常が非日常に変わっていくプロセスそのものを楽しむ。そしておそらく、それがイベントの原点なのである。
 祭りでさえ“観るもの”になってしまったいま、こうした本物のハレと向き合う機会はほとんどなくなってしまった。非日常ビジネスに任せきりだ。
 いつかこの手で“祖母の正月”をつくり出したい。正月が近づくたびにそう思う。

(月刊 「Event & Convention」 2004.2月号より転載)