リレートーク

『二足のワラジ』

カテゴリー: リレートーク

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2005年3月1日  

『二足のワラジ』

 どんな職業でも同じだと思うが、仕事の中身を人に正しく伝えるのは難しい。誰でも知っている身近な職種でさえおそらくそうだから、社会的にメジャーではない職業ならなおさらだ。
 ぼくの場合がまさにそうで、はじめて出会う人に職能を誤りなくイメージしてもらうことはほとんど不可能に近い。ぼくはいくつかのフィールドで仕事をしているが、なかでもイベントのプロデュースについてが一番イメージしにくいようだ。
 誤解のトップは、いわゆるアーティストと勘違いされることである。“イベントプロデューサー”という言葉の響きが、アーティストタイプの人格を連想させるらしい。
 たしかにぼくの仕事の半分は、間違いなく“クリエイター”の範疇に入るだろう。コンセプトの立案、空間のデザイン、演出の構成……、ぼくの仕事はクリエイティブな作業からはじまる。
 だがそれは、あくまでぼくの仕事の片面でしかない。もう片方では、与件を満足しながらスムーズに稼働するイベントを開幕日までに仕上げる責任を負っている。それがプロデューサーの職責だ。
 いかにクリエイティブな試みでもオープンに間に合いそうになければ採用しないし、いくら斬新なアイデアだろうと安全性に問題があれば躊躇なく変更する。つまり、ぼくのもうひとつの顔は、プロジェクト全体を冷静にコントロールするいわゆる“プロジェクトマネージャー”なのである。
☆  ☆  ☆
 イベントプロデューサーは、自分で考えたことを自らマネージメントする立場だ。だからプロジェクトが実際に実現していくプロセスをすべて見届けることができるし、現場の運営までかかわるので観客の反応や表情にダイレクトに触れることができる。
 多くの人々の熱狂、歓声、感動、笑顔、拍手……。そのときその場にだけ立ち現れる特別な空気感。そこにはクリエイターにとってのプリミティブな歓びと、プロジェクトマネージャーにとってのクールな達成感の双方がある。イベントプロデューサーがもっとも幸福な瞬間だ。クリエイターとマネージャーをともに引き受けた者だけに贈られるご褒美のようなものだろう。
 だが、この二つの立場が常に蜜月とは限らない。いや、はっきりいえば、クリエイターの願いとマネージャーの論理は往々にしてズレる。たとえば、表現者としてのぼくが「もっととんがったものをつくりたい」と思っても、マネージャーとしてのぼくがそれを制止することがある。
 当然である。イベントのプロデュースはアート作品の制作とは違う。あくまでプロジェクトのミッションを合理的に達成してクライアントに利益をもたらすことが使命なのだ。プロデューサーの仕事は表現者としての自身の欲望を満たすことではない。
 この意味でいえば、クリエイターとマネージャーの同居は一見矛盾しているようでいて、実は一種の平衡装置としての機能を果たしていると言っていいだろう。
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 とはいえ、『二足のワラジ』を履いていることには変わりがない。元来、両者の立場はまったく逆なのであって、自ら「つくる」のがクリエイターであるのに対して、誰かに「つくらせる」のがプロジェクトマネージャーの仕事だ。
 同一人物がこの二つの立場を兼ねる以上、きちんと双方の折り合いをつけねばならないのだが、もとより客観的なガイドラインがあるわけではない。結局のところ、自らを厳しく律するしかないのだ。
 表現者としての欲望に勝てないようではプロジェクトマネージャーにはなれないし、マネージメントの容易性・効率性だけしか考えられないならクリエイターを返上するしかない。中途半端な形で二足のワラジを履き続けることは、プロジェクトにとって明らかにマイナスだ。それを防ぐには、自らの平衡感覚が正しく働いているかを常にチェックし続ける以外にない。
 なにもプロデューサーに限った話ではない。実は、多かれ少なかれイベントのプロはみな二足のワラジを履いている。“ワラジの履き方”は人それぞれで違うけれど、いずれもそれがその人の持ち味になっているし、プロジェクト牽引のエンジンになっている。どんなワラジを履いているかで仕事のテイストが決まるといってもいいくらいだ。
 問題になるのは常にそのバランスである。
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 イベントクリエイターにとって最も大切な資質、それはおそらく『バランス感覚』だろう。内容とコストのバランス、コストと効果のバランス、予算配分のバランス、実施意図と観客の期待のバランス、プログラム編成のバランス、刺激と安全性のバランス……。イベントのプロデュースとはある意味で“バランスを取ること”なのだ。
 プロジェクトに我を忘れて没頭しながらも、もうひとりの自分が常に醒めた目で全体を俯瞰していなければならない。
 イベントをつくる面白さの一端がそこにある。

(「Event & Convention」  2004.9月号より転載)