リレートーク

『プロトタイプとネオタイプ』

カテゴリー: リレートーク

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2005年6月1日
 

『プロトタイプとネオタイプ』

 先月に続き、『ノーベル賞100周年記念フォーラム』で聞いた興味深い話を紹介しようと思う。科学史の権威、村上陽一郎国際基督教大学教授の話である。
 “科学”は人類の歴史とともに連綿と続いてきたように思いがちだが、そうではない。「科学者」という社会的存在が確認されるようになったのも、科学研究の制度化がはじまったのも、実は19世紀前半のことに過ぎない。
 科学者たちは、社会に登場するとすぐに仲間づくりに励んだ。そして彼らは、自らがつくる閉鎖的な共同体(Community)のなかで、知の「生産」「蓄積」「流通」「活用」「評価」のすべてを自己完結させた。すなわち、研究の結果生産された新しい知識を論文というパッケージに蓄積し、それを学術雑誌という媒体で流通させ、同僚たちの間で相互活用し、また評価した。
 この段階では知識を利用する外部の“クライアント”はまだいない。政府や財団が資金援助をすることはあったが、フィランスロピー(慈善)の域を超えるものではなかった。
 外部社会から孤立したこのような状況を、村上氏は『プロトタイプの科学』と呼ぶ。
 だが、やがて20世紀が深まるにつれて、科学のスタイルも変わった。共同体の外部から提示された課題を、研究者が(場合によっては異分野の研究者を含めて)協同しながら解決していく、という新しいスキームの出現である。
 特定の成果を得るためにその代償としての研究資金を提供するクライアントが登場し、課題の設定から成果の評価にいたるまで、研究行為に深く関わるようになった。基本原理は“ギブ・アンド・テイク”だ。
 この『ネオタイプの科学』では、科学研究の成果が外部社会に直結している。

☆  ☆  ☆

 もちろん、科学者が『プロトタイプ』と『ネオタイプ』に単純に二分されるわけではない。自分はプロトタイプの研究をやっていると考える研究者が実はネオタイプのこともあれば、その逆もある。二つの概念はあくまで外から分析するときの物差しでしかない。
 とはいえ、やはり二つのタイプではベクトルの向きが180度違う。「ピラミッド型」のストラクチャーを基盤とする『プロトタイプ』では、科学者が自ら決めた研究課題に対して、同質性の高い「サブジェクトタイプ」の研究グループが、社会から「慈善型(philanthropic)」のサポートを受けながら、「内向き(internal)」の倫理観に基づき行動する。プロジェクトを率いるのは、その道に精通し、豊富な実績と経験を有する「アドバイザー型」のリーダーだ。
 一方、クライアントの要請で研究課題が決まる『ネオタイプ』では、「ネット型」ストラクチャーに向けて、異質性の強い「プロジェクトタイプ」の研究グループが編成される。外部からのサポートは「ギブ・アンド・テイク」が前提であり、行動原理は「外向き(external)」だ。リーダーに相応しいのは、プロジェクトを合理的にコントロールする「マネージャー型」の人格である。

☆  ☆  ☆

 まるでイベントの話を聞いているようだった。イベントにも『プロトタイプ』と『ネオタイプ』があるからだ。
 村祭りや文化祭、社員旅行や同窓会のように、地域、企業、学校などのコミュニティが自ら手づくりで行うプリミティブなレベルを仮に『プロトタイプ』と呼ぶなら、特定のミッションを実現するために多くの専門家を動員して構築される大規模・複雑な現代的イベントはまさしく『ネオタイプ』である。
 前者は共同体内部で自己完結するが、後者を組織し支配するのはクライアントだ。
 自己実現・自己充足的な『プロトタイプ』から、ミッション→ソリューション型の『ネオタイプ』へ。まさに科学と軌を一にしている。
 しかし、だからといって、イベントが二つの様式に二分類されるわけではない。同じカテゴリー、同一スタイルのイベントにプロトタイプもあればネオタイプもあるし、一見プロトタイプに見えて実はネオタイプというイベントもある。
 そしてなにより、多くのイベントには双方の要素が混在している。すなわちイベントは、二つのタイプのグラデーションとしてつくられる。単純な二元論では済まないのであって、この点も科学と同じだ。

☆  ☆  ☆

 だがひとつだけ大きく違う点がある。我々プロの存在である。ぼくたちイベントクリエイターはコミュニティの構成員ではないし、クライアントでもない。つまりは当事者ではないのに、実質的にプロジェクトを組み上げ、コントロールしている。先の科学史の話には登場しなかった役回りなのである。
 あるときは「サブジェクトタイプ」のチームとともに「ピラミッド型」のストラクチャーを組み立て、あるときは「プロジェクトタイプ」の組織を率いて「ネット型」のプログラムをつくる。またあるときは「アドバイザー」としてクリエイティブ現場を指揮し、あるときは「マネージャー」としてクールに進行を管理する。
 自己実現とソリューション、サブジェクト性とプロジェクト性、ピラミッド型とネット型………。
 結局のところ、日ごろぼくたちがやっていることは、『プロトタイプ』と『ネオタイプ』の間でそのプロジェクトの“立ち位置”を決めることなのだ。
 まさにイベントクリエイターの腕の見せどころである。そしてそれができるのは、本物のプロだけだ。

(月刊 『Event & Convention』 2004.12月号より転載)