リレートーク

教育とイベント

カテゴリー: リレートーク

■執筆者 関西地域本部副本部長 西川 博美

■執筆日 2018年 4月 26日

●私の学生時代のイベント
私が通っていた中学校・高校は非常にイベントの多い学校だったのでないかと今思いかえせば思います。球技大会、合唱コンクール、キャンプや旅行、体育祭や文化祭、遠足、芸術鑑賞、歌舞伎や文楽などの伝統芸能鑑賞、美術館へ行って絵画や書道の鑑賞や著名人の講演会、このイベントが6年間毎年ありました。そんな中、体育会系の部活に入っていたので公式の試合や練習試合もあり、生徒会も6年間関わったりもしました。そんな目白押しのイベントの中で育ちました。そんな教育を受けたからこそ今があるのかなと思うことがあります。
自ら考えること、仲間をつくる大変さ、仲間とつくる大変さ、自分とは違う意見がある、やり方がある、今の当たり前をつくってきたような気がします。一生懸命やる人、一生懸命やっている人を好きでやっているんだからあの子たちにさせておいたらいいと他人事にする人。そんな環境が自分の将来の方向性を決めていくのかなと大げさかもしれませんが思います。


●10年。専門学校でイベント検定の授業を受け持って
専門学校でイベント検定の授業を受け持って10年。イベント検定の教科書にそって授業することはもちろんですが、自身が制作・運営に関わっているイベントにスタッフとして参加してもらうことにしています。制作の一部であったり、書類の整理であったり、当日の運営であったりいろいろ体験してもらいます。あくまでも私のスタイルですが、実践させることで理解が深まるような気がしています。専門学校で学ぶのは2年間ですが、就職活動するまでに1年しかありません。いや1年もない間に社会や仕事の現実に向き合っていかないといけません。

学生の間に体験する現場ですら、数百人、数千人、数万人がくるイベントにスタッフとして参加することもあります。やりたいと思って学校に入学してみたが、この業界の仕事はお客様の見えるところは派手で華やかに見ますが華やかな裏には、死ぬほど考えて、地道な努力の塊です。この仕事だけということではなく、仕事するということは、その積み重ねでしかないということを知るのはいつなんでしょうか。

学生時代に目的に向かって何かを作り上げていく経験が私はとても大事だと思います。

今の若い人はすぐに辞めてしまう。諦めてしまう。という言葉が聞こえてきます。なぜ今そんなことになっているんでしょうか。


●経験することが人を育てる
今の社会では地域のイベントに参加させる親も、学校教育では私が通っていた時のようにイベントを目白押しにする時間も社会との接点であるアルバイトもする時間もないのですから。学校の中では次の進学に向けての勉強が中心です。もちろん英語や数学、化学、生物などの勉強から興味をもち未来の仕事を考えその道に進んでいく学生もいます。それも体験、体感をして自分自身の道を決めていくのだと思います。多寡が学内のイベント、町内のイベントされど・・・。勉強だけでなく、経験することが人を育てるのではないかと私は思います。


●妄想をカタチにする
モノを作ること、コトをつくることは、いろんなことを創造するというところから始まるのだと思います。私は学生に妄想することは好きですかと聞きます。大抵の学生は妄想することは恥ずかしいと思っています。妄想=創造ではありませんが考えるきっかけになり、その妄想をカタチにするにはどうしたらいいのか考えることにもなると私は思っています。


●イベントをつくるは創造から
だから、恥ずかしくないのだと伝えます。イベントをつくるということは創造から始まります。その創造からまた新しいものが生まれます。それはモノかもしれない、コトから知れない、人とのつながりかも知れない。学校行事はその行事が目的になっているように学生に思われているような気がします。本当は違う意味の教育として、目的があってその向こう側には自身の未来につながることかもしれないとちゃんと教えもらえたら何が少し変わる気がします。学力以外にもその人の持つ力を伸ばすことができるチャンスとしてちゃんとした教育の1つだとして取り組んでほしいと思います。