『エバリュエーション』

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2005年4月1日
 
『エバリュエーション』

 アメリカの博物館の世界には、エバリュエーターという独立した職能がある。検証(Evaluation)を語源とするこの職業は、「展示の開発・改善を目的とした調査・分析のスペシャリスト」のことで、主として来館者調査を行って、展示の課題や問題点を洗い出すためのデータ収集を行う。
 たとえば、展示室内の観覧行動を観察して来館者が見落としがちな箇所を発見したり、展示コーナーごとに観客の属性による反応の違いをチェックしたりする。ときには面接調査を行って、展示内容が実際にどのように理解されているのかを調べる。
 観覧態様と内容把握度をともに掌握し、「あのコーナーは吸引力があり理解度も高いが、このコーナーは注意の向け方や理解のしかたにバラつきが多く混乱がみられる」とか、「こどもの内容把握度がここだけ極端に低いのは、おとながこどもに説明するための情報が足りないからではないか」といった検証を客観的に行うのである。
 目的は、客観データをもとにして、プランナー、デザイナー、エデュケーター(教育担当学芸員)などが展示の修正や変更を検討するためだ。これまでは多くを経験や直感に頼ってきたが、いまではこうした科学的な調査・分析を重視するようになっている。

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 エバリュエーターの仕事の舞台は完成した展示室だけではない。最近では、展示の企画・計画の段階から参画するケースが増えている。言い換えれば、「展示を計画する段階から利用者(来館者)の意向を確認しながらつくっていく」というプロセスが一般的になりつつある。
 たとえて言うなら、「レストランを開業するにあたって、想定される客層に料理を実際に試食してもらい、意見を聞きながらメニューの内容を詰めていく」というスタイルだ。展示が完成してからでは限られた手直ししかできないが、計画段階や制作段階であれば、検証結果をより多く反映することができる。
 米国には、企画展に際して2年間で10回以上の事前検証を行った事例もあるらしい。展示内容・展示方法に関するスケッチや写真を見せながら、展示に対する印象や展示物に関する認識や関心などを調べていく。こうした調査を積み重ねながら、展示構成の流れを決め、具体的な展示物の選定を進めていくのである。
 このプロセスの背景にあるものは「来場者の期待を展示に反映させたい」という強い意志であり、それを支えているのは「展示意図=メッセージをできるだけ多くの人に正しく伝えたい」というつくり手の情熱と、「メディアとしての役割を果たして博物館という存在の社会的意義を高めたい」という冷静な判断の双方である。

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 「事前に来場者の認識や関心の実態を掴み、期待を織り込んで訴求効果の高いプログラムをつくりたい」との願いは、もちろんイベントだって同じだ。もし本当にそれができたら、イベントのリスクは大幅に軽減されるとも思う。だがいまのところ、イベントの世界に「エバリュエーション」の概念はない。
 もちろん、実際にやろうとしたら、これは難しい。イベントは必ずしも博物館のように論理で説明するわけではないから、検証の難易度も格段に高いだろう。
 そもそも、イベント会場で起こる「できごと」を事前にイメージさせることが出来るのか、という問題がある。人は経験のないことはイメージできない。博物館展示のような「モノ」を想像することはできたとしても、イベントのような未経験の「コト」をイメージすることは極めて難しい。方法論から見つけ出さなければならないだろう。
 それでもなお、「エバリュエーション」はイベントが今後とり入れるべき概念のひとつだと思う。なぜなら、それが「市民参加」の一形態となる可能性があるからだ。

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 博物館のエバリュエーションで重要なことは、事実上「展示構成のプロセスに市民が参画している」という点である。参画といってもむろん間接的であって、市民が自ら展示をプランニングするわけでも、展示資料の選択を任されるわけでもない。そんなことができるはずはないし、すべきでもない。けれども、エバリュエーションを行うことで、確かに市民の情報が展示に反映されていく。
 イベントにとって、なかでも地域イベントにとって、いまもっとも大きな課題のひとつに「市民参画」がある。いうまでもなく参画とは“計画に加わること”だ。イベントをつくるプロセスのなかで「イベントクリエイターと市民との共同作業」のあり方が問われているのである。
 しかも、社会的な影響力の大きなイベントほど、すなわち計画の難度が高いイベントほど市民参画が求められている、という難しい状況にある。だがもしプランニング段階への合理的な参画手法が見つかれば、市民を巻き込んだ合意形成が可能になるだけでなく、失敗のリスクも大幅に軽減される。
 エバリュエーションは大きなヒントだ。

(月刊『Event & Convention』 2004.10月号より転載)