『仲間を讚える』

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2005年5月1日
 
『仲間を讚える』

 ハリウッドから嬉しいニュースが飛び込んできた。アカデミー賞を主催する米国『映画芸術科学アカデミー』が俳優の渡辺謙を新規会員に選出、招待状を送ったというのだ。
 渡辺は「ラストサムライ」で主役のトム・クルーズを超える存在感を示し、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。残念ながら受賞は逃したものの、ノミネートされたことで“ハリウッド村”への切符を手にした。実際、メジャーからの出演依頼が殺到し、ギャラも跳ね上がっているらしい。アカデミー賞の影響力はかように絶大なのである。
 ところで、毎年華やかな授賞式が中継され、世界中の映画ファンが注目するアカデミー賞だが、サッカーのオールスターゲームのようにファンの人気投票で選ぶわけではない。映画界でもっとも権威あるこの賞を決めているのは、わずか5,000~6,000人といわれるアカデミー会員であり、会員になれるのは渡辺のように映画への功労者として推薦された者だけだ。
 つまるところアカデミー賞とは、映画の世界に住む者たちがつくる共同体の内輪の褒賞制度なのである。

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 いうまでもないが、共同体内部の褒賞制度が確立しているのは映画業界に限らない。“音楽業界”“美術業界”“文学業界”をはじめ、さまざまな業界で多くの褒賞制度が運営されている。
 なかでももっとも盛んなのは“科学業界”だろう。その頂点に君臨するのがノーベル賞だ。そういえば、以前「ノーベル賞100周年記念フォーラム」というイベントで面白い話を聞いた。
 19世紀前半にはじめて社会に登場した「科学者」たちは、真っ先に仲間づくりに励んだ。そして彼らは、研究という営みを、自らがつくる閉鎖的な共同体のなかで自己完結させた。すなわち、生産された新しい知識を論文というパッケージに蓄積し、学術雑誌という媒体で流通させ、同僚たちの間で相互利用し、一方で評価した。
 その象徴が『エポニム』だ。エポニムとは“間宮海峡”や“フランク乗数”のように、貢献した者の名を冠して労に報いることをいう。同業の仲間から業績を讚えられた証であるエポニムは、共同体が贈る最高の栄誉だ。
 20世紀初頭にはじまったノーベル賞もまた、エポニム的な制度として生まれた。だがやがて、この価値観が全面的には維持できなくなるかもしれない。なぜなら、研究課題の設定から成果の評価にいたるまで、共同体の外にいる“クライアント”が深く関与する「ネオタイプの科学」が一般化しつつあるからだ。科学者共同体のなかですべてが自己完結する従来型の研究スタイルは、いまや「プロトタイプ」と呼ばれるべき存在になった。
 科学研究が外部社会と密につながる時代にあって、ノーベル賞もよりプラクティカルな方向へ進まざるを得ないのではないか。そんな話だった。

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 考えてみると、“イベント業界”にはノーベル賞もアカデミー賞もない。毎日無数のイベントを社会に送り出し、兆の単位のマーケットを動かしているにもかかわらず、その発展に貢献した者を讚えるメカニズムがないのだ。
 イベントに関する表彰制度が存在しなかったわけではない。なかには『ふるさとイベント大賞』のように公的団体が運営しているものもある。だが、いずれも顕彰されるのはイベントプログラムそのものであって、それを生み出したクリエイターではなかった。
 もとよりイベントの制作者は裏方だ。しかし、だからこそ、顕彰することには意味がある。普段はスクリーンの陰に隠れている衣装デザイナーがアカデミー賞に輝いたり、日ごろ研究室にこもっている研究者がノーベル賞を手にして一躍脚光を浴びたりするのと同じことが起これば、イベントにかかわる職能群への認知が進み、モチベーションもあがる。
 かねて業界をあげて褒賞制度を考えるべきだと思っていたが、このほど(社)日本イベント産業振興協会により『日本イベント大賞』という表彰制度が創設された。イベントプログラムそのものではなく、制作に携わった個人や団体を顕彰することを目的としているらしい。来年一月に第1回の授賞式が行われる。うまく軌道に乗って欲しいと願うばかりだ。
 新たな試みだから苦労が絶えないと思うが、いちばんの難関はやはり評価だろう。イベントはすぐれて社会的な存在だから、共同体内部で自己完結したエポニム的な発想だけでは必ずしも適切な評価が下せないからだ。
 イベントでもっとも大切なものは、クライアントや参加者、地域社会やマーケットなど、共同体の外との“関係性”である。もちろん評価する際にもこの視点が欠かせない。外部社会の評価抜きに選んでも意味がないのである。イベントの評価が困難を極める所以だ。
 関係者が力を合わせて模索していくしかないが、少なくとも共同体自身が評価に対する価値観と美意識を共有していなければ話にならない。そしてそれこそが、イベント業界が抱えるもっとも重要な課題のひとつなのである。

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 褒賞制度がもたらすものは、単にモチベーションを上げるといった直接的な効果にとどまらない。自らの職能に対する評価のあり方を定め、我々自身の『評価への眼力』を押し上げてくれる。
 先のシンポジウムでもっとも印象に残ったのは、ノーベル財団専務理事ミカエル・ソールマン氏の次の言葉だった。
 「ノーベル賞はひとり当たり100万ドルという高額な賞金が有名だが、実はそれと同程度のコストを評価にもかけている。我々には全世界をカバーするネットワークがある。ノーベル賞のステータスを支えているのは、まぎれもなく評価レベルの高さなのだ」
 評価なくして褒賞なく、褒賞なければ評価は磨かれない。

(月刊 『Event & Convention』 2004.11月号より転載)