どうしてイベントの 仕事はじめたんですか?
■執筆者 当協会 副会長・地域強化委員長 間藤 芳樹
■執筆日時 2007年5月15日
どうしてイベントの 仕事はじめたんですか?
こんな質問を受けると うーんと考え込んでしまう
楽しそうだったから!儲かりそうだったから!カッコよさそうだったから!
軽はずみな答えは いくつかあるが ほんとうのところは そんなもんではなかった
学生上がりの仲間と ロックの音楽事務所をつくり投資。
ご多分にもれず 売れ始めたとたん バンドは解散。
莫大な借金を 抱えることとなってしまった。
アパートの一室で 仲間と途方にくれていたとき 誰かが「何でも屋」やって
働いて借金かえそうぜと言い始めた。覚悟を決めた。
そして
ビラまき バイトの手配 買い物代行・・・何でもやっていくうちに
だんだんイベントの制作業に 結果として近づいていくこととなった
考える間もなく ただ働くばかりの毎日
五年くらいたっただろうか
ある時 航空会社と組んで「子供向けのジュニアトライアスロン」を
やることとなった。もちろん日本で初めての試みである
場所は沖縄のリゾート
中学三年から小学一年まで 学年ごとに規則を決める
例えば小六だと バイク1k水泳25mマラソン300mという感じだ
決して無理な負荷をかけないよう 自分に「がんばること」をテーマに設定した
絶対に事故は起こせない
特に水泳の会場は海・・・・考えた末に水路を人で作ることとした
スタッフが両側で 手をつなぎコースを作る
こうすれば なにかあれば すぐ手を差し伸べることができるというわけだ
そんな運営体制を組んだので たった100人あまりの競技参加の子供達に
スタッフは300人以上と ふくれ上がってしまった
しかし スポンサーもスタッフも だれもめげない
お金や労力ではなく 日本で初めてのチャレンジを安全に 成功させることに
関係者は 全力で取り組んでいた
何日もの徹夜の末 ようやく本番当日
快晴・・・・・朝早くから 順調よく競技が進行していく
中学三年クラス 中学二年クラス・・・順番にゴールしていく
そしていよいよ 最後のクラス
小学校一年のクラスの8人が スタートする
まだ 横にコマをつけたままの自転車で よろよろ・・・走る
漫画のキャラクターがついたままのチャリンコの女の子が最後だ
「ガンバレー!」「気をつけてえー」
スタッフは まるで我が子のように声をかける
自転車が終わった
もう走る自転車はいない
自転車のコースのスタッフが 海の水泳コースに 応援に走る
アップアップに泳ぐ子供達
口々に励ます スタッフや見物客
そうそのままそのまま!ようやく 最後の女の子が泳ぎきった
やった!あとは ランニングだけだ
ランニングコースの両側は 人であふれている
ビリの女の子が ぺたぺた ゆっくり走る・・・あきてきたようだ
そして・・・・・いやいやをするように とうとうすわりこんでしまった
あー・・・・会場がため息で包まれる
どうする?どうなる?
突然スタッフの一人が 女の子のそばまで行った
「がんばろ・・・」
それをきっかけに そこにいたスタッフ100人くらいが 女の子を囲む
「がんばろ・・・・」
彼女は 意を決して 立ち上がった・・・・・・全員息をのむ
走った!!!ぺたぺた!
彼女を先頭に スタッフがゆっくりついて行く
もう皆 涙で顔がぐちゃぐちゃだ
最後の女の子のゴールは
半年間このイベントを創ってきたスタッフの ゴールでもあったのだ
女の子がゴールを切る
女の子が笑った・・・・
無事に終えた安堵感とやり遂げた達成感の歓声が
沖縄の青い空と蒼い海に いつまでも流れていった
初めてこの仕事をやっていてよかったっと 思った瞬間だった
20何年も前の たったあれだけの小さなイベントのことを
なにかあれば いつも思い出す
おの女の子は 今どうしてるだろう?
あの子は きっとあの日のことを 忘れることはないだろう
ぼくのように 大志も正義もなく
なんとなくイベントの仕事を 始めざるをえなかった者でさえ
イベントの神様は 時として 粋な計らいをしてくれるようだ
コンプライアンスの名の元の責任逃れ
ツギハギだらけの企画書
空気の読めない担当者
やらせにこらせの報告書
いやはや そんなことを考えながら
ぼくは 今日もイベントを 創っている