イベントと私
■執筆者 事務局長 酒井基喜
■執筆日時 2007年12月18日
装飾屋、施工屋、ディスプレイ業者挙げ句の果ては看板屋・・・・
様々な呼称で呼ばれて「いったい俺は何者?」ってずーっと悶々としていた。
それでも世の中の景気が良く、黙っていても仕事が次から次へと山ほどあって、それを綱渡りしながらもそつ無くこなしてさえいれば会社は税金対策に悩んじゃうくらいに儲かった古き良き時代。
ほぼ毎日のように展示会場という世間から隔離された独特の空間で「顧客満足」などという言葉など少しも考えることもなく、大工さん、経師屋さんや電気屋さんなどの職人さんとバカ話をしながら毎日を面白おかしく過ごして、施工する立場の視点をクライアントに押しつけて無理矢理納得させて、それが営業の仕事と思い込んでいた。
そしてこのままの状態で永遠に会社も発展していくだろうと高を括っていた。
そんな頃にはこれらの呼称に悶々としながらも仕事を離れれば「まぁいいやー!」ってやり過ごして自分をごまかし続けていた。
しかし、そんな蜜月が永遠に続くほど世の中甘くはなく、世に言う「バブル崩壊」によって未曾有の過当競争時代に辛苦をなめることになった。
あらゆる無駄がそぎ落とされ存在する意義のあるものだけが生き残っていく時代。今考えればそれこそが正常な時代なのだが、その前には考えもしなかった変化が目の前で目まぐるしく顕在化してくると、さすがに悩み、苦しみ、そして絶望もした。
答を探して様々な講演会、セミナー、シンポジウムなど受講し、手に取ったこともなかった経済書なども眠い目を擦りながら読み出した。
「コーポレートガバナンス」、「企業理念」そして「社会貢献」など今ではあまりにも当たり前になってしまったキーワードが私の頭の中にあぶり出されてくる。
そう、とどのつまり、やっぱり「いったい俺は何者?」なのである。
そこへ立ち返り、今度はごまかすこともなく「俺は何の業界で何の役割を果たし、どのような社会貢献をしてその対価を得ているのだろう?」という問題の解を真剣に考えるようになっていた。
そんな時、出会った「イベント業務管理者」という資格の存在とその教科書。
初めて自分の携わっている仕事を体系的に学習していくうちに、この資格の名称が持つこの「イベント」という言葉が、さすがにそれまで「イベント」という言葉を全く知らなかった訳ではもちろんないけれど、今にして思えば展示会場や路上などで行われる「パフォーマンス」の総称くらいの認識しかなかったこの言葉が、私のこの疑問を解決してくれるキーワードであると悟ることができた。
「そうか、俺はイベント業界の会場設営を司る役割だったんだ。」と。
その後、何とか、本当に何とか合格し資格をとった後、イベントという言葉の意味を更に勉強するために資格制度の啓蒙活動を行う目的で設立された「イベント業務管理者の会[JEDIS](現、日本イベント業務管理者協会)」に参加して早10年。
昨年10月には僭越ながら事務局長という大役を拝命し、更に1年が経過した。
私にとってイベントとの出会いとは正にこの「イベント業務管理者」という資格取得を縁に得られた自分の職業の再認識とJEDISの活動10年の歴史であった。
事務局長をお受けした直後、ある方から「あなたは何をしたくて事務局長という役目を引き受けられたのですか?」と問いかけられた。
引き受けた当時、正直言って役目の大きさに戸惑うばかりで、この問いかけに一瞬パニックになった。しかしちょっと冷静になって考えていたら件の「いったい俺は何者?」が急に脳裏に甦ってきた。
「イベントに携わっている全てのお父さんが自分のまだ幼い子供に『お父さんのお仕事って何?』と聞かれたとき『お父さんはイベント屋さんだよ。』と答えて薬屋さんやお菓子屋さんを理解するのと同じように子供が理解し、尚かつそれを子供が誇りに思えるようにしたいです。」と答えた。
今年8月、夏休みも終盤、化学の子供向け体験型イベントに携わった。
早朝、実験教室参加予約をとるために並んだ列の中に私の二人の子供たちの姿もあった。彼女たちは自分がまだ入場することができない会場の中に私の姿を見付け、満面の笑顔で「あれ、私のお父さん!」と周りに教えていた。
あの時、彼女たちの目に私の姿はどのように映っていたのだろうか?