文化翻訳とイベントプロデューサー
■執筆者 理事 姜哲浩
■執筆日 2018年 3月 6日
●「文化翻訳」とは
「文化翻訳」という言葉を聞いたことがありますか。
おそらく大半の方には聞き慣れたものではないでしょう。
「文化」も「翻訳」も誰もが知っている単語なのですが、その2つが結合した「文化翻訳」はまだまだ世の中にあまり発信されていないし、市民権も得ていないのです。
関西大学の河原清志教授によれば「文化の翻訳」とは、特定の文化の「意味」を解釈し、それを他者へ伝達することだそうです。
主に文化人類学者の中で特定の研究活動を指す言葉として使用されています。
つまり、文化翻訳とはテクストや記号など狭義の言葉だけでなく、広義のテクストである異なる文化または新しい文化を伝えるのに、言葉の翻訳者と同じように様々な関連内容を理解・解釈し、相手が解りやすいように伝えることです。
「異文化コミュニケーション」の一環とも言えるでしょう。
実は我々の身の回りには既にそのような活動が存在していて、我々の日常生活はもちろん様々な精神活動、創造活動、コミュニケーション活動をサポートしています。我々が気付いていないだけかも知れません。
文化翻訳の典型的な事例として挙げられるのは、観光地や遺跡などで親切に詳しく説明してくれる解説者です。
ホランティアの方もいれば郷土歴史研究家など専門家もいます。まさしく文化の翻訳者そのものです。
パンフレットの説明や看板だけでは知り得ない背景や事柄について学ぶことができるのは解説者のお陰です。
博物館・美術館や資料館などに足を運ぶと、そこには無料の展示解説案内者がいたりして助かります。英語では「ドーセント(docent)」といいます。
また山登りや自然公園にいくと専門のガイドがいて、旅程に同行しながらその地域の歴史や地形、生息している動植物、自然の変化と豊かさとそれらを正しく楽しむ方法などを教えてくれます。おかげさまでより深くその地域の自然を体験することができるのです。
音楽の指揮者や演奏家もまた文化の翻訳者であると言えます。音符で作成された原曲を解釈し、実際に聞き手が聞ける音で伝えてくれるのです。
外国の言葉を訳してくれる翻訳者は表向きでは単純にA語からB語へと変えて伝えているように見えます。しかし実際には外国語を現地語にマッチングさせるために、その外国語の単語や文章の意味を含めたトータルな事柄を理解した上で、自分の国の文化に合わせた言葉に置き換えて伝えているのです。即ち、翻訳者の頭の中では、絶えなく文化の変換作業が行われている訳です。
●文化翻訳はなぜ注目すべきか
最近、世界中にナショナリズムが台頭しています。もっとも知られているのはヨーロッパの「ネオナチ」です。宗教と民族主義が複雑に絡み合っている中東はいまも毎日が戦場です。アメリカ・中国・ロシアなど世界最強の国々は皆自国第一主義・排他主義を掲げているようです。
この流れに日本も例外でないことがもっと驚きです。ヘイトスピーチという用語が完全に日本社会に定着し、行き過ぎた社会現象にまで及んだ結果、「ヘイトスピーチ対策法」(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)という法律まで成立しています。
多文化社会で外国人との関係のみならず、日本人だけに目を向けても同じことが言えます。
どの国でもそうですが、同じ国でも地域によって言葉も行動様式も少し違いがあります。いわゆる地域差というものです。
日本の人口を構成する人々にも世代間の差が存在します。「JK」たちが使う言葉や絵文字をどれだけの中高年層が理解できるのでしょう。
また、ネット社会の影のひとつに「風評被害」というのがあります。
「風評被害」とは、ある事故で根拠のない噂や憶測により無関係の人々や団体までが受ける被害のことです。東日本大震災で発生した福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故で、被災地の野菜や魚などが売れない福島県の地域が代表的な例です。
ネットの普及と少子化社会・高齢化社会になるにつれ、人々はより細分化された自分の世界に閉じこもりがちです。
自分が好むときだけ、好むものだけ、好む人だけと疎通する時代なのです。
ネット社会の利便性と匿名性を利用し、表に出ず言いたいことが言える、反対意見を発する権利は否定しません。
しかし、特別な理由や客観的な根拠もなく自己だけが優越で正しいと一点張りでものをいうのは非常に問題だと言わざるを得ません。
全ての人々や地域にはそれぞれの歴史があり、背景があり、異なる立場があります。
そこで利害関係が生まれ、意見や主張が異なり、平行線を走る場合も生じます。社会的生物である人間が利害関係のギクシャクを乗り越え平和と幸福を手にいれるには多様な面での調整が必要となって来ます。その調整の一部を担うのが翻訳者なのですが、言葉の翻訳者だけでは不十分です。やはり言葉を含めた「文化の翻訳」という役割が求められることになります。
●文化翻訳とイベントプロデューサー
今我々は前代未聞の葛藤の時代を生きています。
世代格差・地域格差・男女格差・所得格差・貧富の格差・ 健康格差 ・ 医療格差 ・ 学力格差など様々な格差が生む葛藤です。このような時代こそ、文化の翻訳者が活躍するチャンスです。
日本国内では毎日のように多種多様なイベントが企画・実施されますが、イベントプロデュースは「文化を伝える仕事」です。そのイベントの企画や制作、運営に携わる「イベント業務管理士」に求められる役割のひとつが「文化の翻訳」だと思います。
イベント業務管理士は、文化を翻訳するという認識に基づいて、使命感とスキルを身に付ける必要があります。
例えば、ヘイトアクティビティは日本人がより豊かで幸福で明るい未来を作り上げていくのに大きな障害物となります。
他人への関心不足やコンプレックスから出発したヘイトアクティビティから抜け出すことを助けるのは、イベントプロデューサーに大きく期待するところです。
日本人が先進国民として高い自意識とプライドをもっているからこそ、イベントプロデューサーが文化翻訳者として活躍できるはずです。